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国森家住宅 一棟

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年3月23日更新
国森家住宅 一棟

昭和49年2月5日指定

柳井市柳井津467
国森家住宅

 国森家住宅は、藩政時代に瀬戸内沿岸屈指の商都として栄えた、柳井津古市・金屋筋のほぼ中心にある。

 この住宅は、18世紀後半の建築とみられ、土蔵造りで桁行(奥行)が16.5メートル、梁間(間口)が8.5メートルの二階建入母屋造。妻入の本瓦葺で、南面及び北面(正面)にそれぞれ半間(約90センチメートル)の本瓦葺庇がつく。

 全体を土蔵造とし、一階正面に「ぶちょう」と呼ばれる建具が建てこまれている(下方の写真参照)。この「ぶちょう」は、三枚の板戸からなり、上の一枚は日中は内側に跳ねて吊り上げておき、下の二枚は柱に彫った溝に沿ってはずして全開するが、夜間は全部を閉める、機能的で開放的な商家の建具である。さらにその前には一本引きの土戸を建てるなど、火災に対する配慮がなされている。

 この住宅は北側(正面)が道路に面し、南の裏側は柳井川に通じる。現在は西側に車庫、裏側に離れを増設している。

 平面は、西側に裏まで通じる土間、東側に縦に三室をとり、その奥には台所と座敷を横に並べる。一番前の室は店になっている。座敷には床と違い棚が設けられているが、これらは後世に改変されたものである。構造は、内部に四天柱状に通し柱を立て、厨子二階には二重梁式の和小屋を組む。

 国森家はその前身を守田家「室屋」といい初代通広が現在の古市筋南側にあった鍛冶屋町で手船商を営んでいたが、二代通隆のとき「布木綿」など反物商を営んで財をなした。
 通隆62歳の明和5年(1768)柳井津古市に商家を買いとって移ったのが現在の国森家である。室屋は享和3年(1803)より手絞りともし油の製造を始め、後にびんつけ油の製造販売を業としてきた富商であった。現在の国森家は当時の本宅であったと推定される。

 この住宅は一部改変のあとはあるが、全体の規模や構造は変えられておらず、柳井津に残る近世の商家造りの典型として重要である。昭和58、59年度に文化庁の指導により解体修理及び正面などの復元が行われた。