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上野寺木造二天王立像 二体

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年3月23日更新
上野寺木造二天王立像 二体

昭和56年12月11日指定

柳井市余田1112
福楽寺
上野寺木造二天王立像阿形の写真
阿形
上野寺木造二天王立像吽形の写真
吽形

阿 行
 檜材の一木造。像高153.3センチメートル、面幅15.8センチメートル、邪鬼総長69.8センチメートル。
 垂髻、腹下の天衣下の前垂れ部分は後補で、右手拳の内側、右沓先前の一部等数個所を部分的に欠失するが、ほぼ原形を保つ秀作である。
 邪鬼は樟材、岩座、框座共に後補。
 
 銘文は次のとおり。
 ○右足・の踵面「弘仁五年」
 
 ○框座底 「及び大破明和四亥□、春御願申出柳□□、左市中托鉢□、差免御役人中□、出情を以志□、一貫五百三捨目、出銀を以再興□、成就者也、千明和後戊子、六月廿日住持□□」

吽 形
 檜材の一本造。像高153.7センチメートル。面幅15.8センチメートル、邪鬼総長69.5センチメートル。
 垂髻、右裳裾先は後補で、玉眼。左手首から先等五個所を部分的に欠失するが、ほぼ原形を保つ秀作。
 邪鬼は檜材で、吽形本体と同時期の制作だが、岩座、框座特に後補。

 銘文(墨書)は次のとおり。
 ○左足・の内側面
  「上野寺、二天事、右志者為弘立佛、法広作佛事行奉、造立如件、弘安七年申甲三月五日、奉立之而巳」

 ○左足・の踵面
  「佛師木村正智房、大願主憎円妙、造立之」

 ○左足・の外側面
  「上野寺福楽坊□、狐鹿山大願主阿・梨、□□、弘安七年・ヨリ(ママ)、四百捨六年及、貞享五辰戊、二天中建立スル者也、歳四十九歳」

 ○左足・の前面
  「京都大佛師宗□、願主、長尾茂兵衛」

 ○右足・の外側面
  「弘仁五年甲午歳、貞享五迄八百七十、五年及五月廿一日ヨリ中建、□□立スル者也」

 ○框座の底
  「當山本尊并脇士二天銀、一貫五百三拾目、六月廿日、住持諦巌」

 この銘文からして、この二天王立像は鎌倉時代中期の弘安七年(1284)に制作され、江戸時代前期の貞享五年(1688)と、中期の明和五年(1768)に修補されたものである。 なお、広島市東区牛田の不動院には、この二天王立像と同じ佛師木村正智房作の二天王立像(県指定)があり、制作年代も同じである。