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UJIターン体験者インタビュー1

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年3月31日更新

大島大橋 

森本 政彦さん(Jターン、大畠在住、平成24年10月15日インタビュー)

 12年前、63歳で東京から奥様とともに移住してこられた森本さん。海沿いを走る国道188号線から一歩山側に入ったところに、一見して旧家とわかる白壁造りのご自宅があった。近くには、日本三大潮流の一つに数えられる大畠の鳴門(龍宮の西門)がある。

 森本さんは北九州市の生まれだが、4歳の時に東京西郊の国分寺市に移住し、その後も武蔵野近辺に居住しつづけ、都心の出版社に勤めて編集の仕事に携わった。

 国木田独歩は、武蔵野の風景美と詩趣をその随筆『武蔵野』で描いているが、20代の若き国木田独歩が過ごしたこの柳井の地に、縁あって移り住んでこられた。

 田舎暮らしへの憧れ

 勤めを退いて数年後、長年の東京生活に終止符を打って、奥さんの佳子さんが生まれ育った柳井市大畠に移住したのは、「魚が美味しいし(笑)、連れ合いの生まれ在所に憧れのようなものを抱いていたから」と森本さんは話す。

 長年、みりんの醸造場を営んでいた佳子さんのご先祖が遺してくれた屋敷を住み尽くそう、とも思ったと言う。

森本1

日々を楽しむ

 森本さんはほぼ毎日、奥さんと一緒にスーパーに買い物に出、帰りには海の里・山の里、神社仏閣、山間の古道の四季の景観の変化を眺めに、市内をこまめにドライブする。佳子さんは週3回、市内と岩国でスイミングを楽しむ。

 「毎朝食べるパンが美味しくないとつらいのですが、越してきた当時と比べると、フランスパンもイギリスパンも格段に美味しくなった。玄米パンもうまい」と、柳井での食生活に満足のご様子。

 その他の時間の大半を、森本さんは翻訳の仕事に打ち込む。今までに5冊ほど刊行した。現在はデモクラシーの歴史を書いた1000頁を超える大冊に取り組んでいる。

森本2

地域と歩む

 移住者にとって、地域の人間関係にうまく溶け込めるかは不安の種。その点をおたずねすると、「地元の習慣や、積み上がっている人間関係がわかっていないので、トンチンカンなことをしてやしないかと思うことはある。けれど、これまで特にトラブルになったことはないと、自分では思っています(笑)。」社会福祉協議会の委員や自治会長を務め、神社の世話人をされるなど、積極的に地域と関わっておられるようだ。

 2年前から「市民勉強会」と銘打って、地域の話題・課題をテーマに、毎回20人ほどが集まり、市在住のさまざまな講師の話を聴く催しもつづけている。

遜色ない利便性と、高い生活の質

 都会と比べて、柳井暮らしは便利さという点でほとんど変わらない、と森本さんは言う。「自宅から徒歩で往復1時間前後の圏内に、地元の主婦がつくるお弁当もあれば、コンビニも医院もあって、基本的な生活の用は足せる。クルマで往復1時間ほどの圏内にはスーパー、量販店、公立病院、市役所などがあって、日常生活の用の99%は足せる。JRや高速道路を利用した日帰り生活圏(広島・福岡)には、デパートや大学病院や映画館がある。さらにインターネットを活用して生活圏を立体的に重ねれば、便利さという点で大都会と遜色ないどころか、海の幸、山の幸、地元ブランドが豊富にあるので、総合的に比較すれば、われわれ夫婦の生活の質と快適さは、大いに上がったと思います。」

都会との格差も、見方を変えれば決して格差ではなく、地域の総合力では都会の上を行く、そんな森本さんのお話に、強く背中を押していただいた感がある。「面白い人や起業するような人が、外からたくさん来てくれるとうれしい」と熱く語られる森本さんは、もう地の人の顔になっていた。