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UJIターン体験者インタビュー2
松川潤さん、三千恵さん、洵子ちゃん(Iターン、平郡島在住、平成24年10月23日インタビュー)
松川さんご一家3人が、神奈川県から平郡島に移住されてきたのは、今から5年前。お嬢さんの洵子(のぶこ)ちゃんが1歳のときだった。
平郡島は柳井市の沖、伊予灘に浮かぶ人口約420人の島。鎌倉時代に木曾義仲の子「平栗丸(へぐりまる)」が島内に住み着いたのが島の名の由来とも伝えられている。本土とは、柳井港より1日2往復運航のフェリーで結ばれている。
潤さんは、高校で地理の教師をされながら、暇を見つけては海に潜っておられていたという。そして、学生時代からの島や海への憧れが、島への移住を決断させる。
島と海への憧れ
魚を突いたり貝を採ったりする生活に憧れていたという潤さんは、職場に平郡島出身者がいた関係から、何度か来島。三千恵さんも夏と冬、2回島を訪れた。移住の決断に当たっては、「ホームページを通じた島民との出会いと、夢を叶えるための漁業権の取得に見込みがたったことが大きかった。」と振り返られた。
島で働く
潤さんは、海に潜ってサザエ、アワビ、ウニなどを採る傍ら、三千恵さんはデイサービスセンターで調理の仕事をされている。今年4月から、潤さんは公民館主事の仕事もされており、潜る回数は減ってきたという。島への移住に当たって心配なのが働き口。この点については、「タイミングが合えば、島内でも看護師や介護士の仕事があるかもしれない。」とのお話だった。
9年ぶりに小学校が再開
移住してきた時に1歳だったの洵子ちゃんは、今年4月に平郡東小学校に入学した。同校の児童数は、昭和33年の399人をピークに減少が続き、平成15年4月から休校となっていたが、洵子ちゃんの入学で9年ぶりに再開した。島で唯一の小学生の洵子ちゃんは、島の大の人気者。最近では、全国放送のテレビ番組で取り上げられることも多く、全国から多くの手紙が洵子ちゃんに寄せられている。
島の恵み
本土との生活に比べ、不便なことも多いはずの島での生活。その点を潤さんにお伺いすると、「不便なこともあるが、島の生活に満足していなければここにはいない。ここでは、モノに追われることもなく、物欲もなくなった。自分で捕る魚や家庭菜園の野菜がとっても美味しい。もう、旬のもの以外を食べようとは思わない。」と穏やかな表情で語られた。
一方、三千恵さんは、移住前は花粉症やアレルギーに悩まされていたという。ところが、「やはり、空気がいいからか、花粉症の症状も和らぎ、アレルギーも収まっている。」と明かされた。そして、騒音に囲まれた都会の生活とは異なり、「瀬戸内は穏やかなので、海の側でも聞こえてくるのは、風の音、虫の音、鳥のさえずりだけ。」と語られた笑顔が印象的だった。
「都会での価値観は一度捨てることが大切。自分からコミュニケーションを図り、地域に溶け込んでこそ移住の意味がある。」とのご夫妻の語り口に、良き先達を得た思いがした。 洵子ちゃんからいただいた平郡ミカンのほどよい酸味がさわやかだった。 |
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